「なみだ」邂逅 〜 矢野麻紀子・宮城景花 二人展より

なみだ 宮城景花 ガラスペン画 二人展
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2023年1月7日〜29日、奥鎌倉おりぜでの「邂逅(かいこう)〜矢野麻紀子・宮城景花 二人展」のテーマの中から掲載します。
展示は明日から。これから搬入に行ってきます!

ポストカードの6枚セット(税込1000円)を、会場と通販で販売します。
ご希望の方はメッセージくださいね。

ポストカードにした作品には、文章をつけてみました。
他の作品の物語は、こちらから。
「泥んこ」 
「におい」

 

うちのリビングには昔、大きな鏡がついていた。

子どもが増えたので自分達の手で工事をした時のこと。リフォームとも言えない内装をざくざくと変えた、とりあえずのスペースを何とか確保するくらいの突貫工事だったが、その部屋になぜか父が一つの壁面いっぱいの大きさの鏡を貼ってくれた。

少しでも部屋が広く見えるように…という心遣いだったのか、子どもたちが遊ぶのに大きな鏡があったらいいと思った所以なのか…真相はわからない。

今回の展示で「なみだ」というお題が出た時、そんな鏡の前で、子どもが大泣きしていたある日のことをふと思い出した。

2人目の子は男子で愛想がよく、小さな頃から愛されキャラで自分自身のことも大好きな子どもだった。その息子、お姉ちゃんと喧嘩してなのか、理由は様々だがよく大きな大きな声を上げて泣いていた。目が大きいのでボロボロと涙が溢れていた。

ある日、大きな鏡の前で泣いている途中でちらっと鏡を覗き、どうやら自分の泣き顔をチェックしている。そしてまた大きな声で泣き始める。もう涙は出ていない。またチェックしてまた泣く。その様子を陰から観察している私に気づくと、今度は大きな声でゲラゲラと笑い始めた。

もう一つは、娘の毎晩毎晩の涙。「龍に乗りたい」と言って泣く。夜中の3時に「肩車して欲しい」と泣く。泣き声が大きくて近所の人に「もしや虐待では」と通報されたこともあるくらい。

でもとことん向き合っているうちに急にそんな日々が終わり、何事もなかったのように成長した。まるで人生の毒出しは、あの涙と共に終わったかのように。

悔し涙、痛い涙、悲しい涙…。気に入らない、と主張する涙。
良くもまあ、子どもはたくさん泣き、わたしはその涙を抱きしめ、拭ってきたことか。

そして、思い出せば親の私も良く泣いた。
それは卒園の時や別れや喜び、感謝など…何かの琴線に心が触れた時に。
そして、圧倒的に子どもに紐づいた涙が多かったように思う。

そしてひとしきり泣いた後は、その理由が何だったのかさえ今では思い出せない。
それほどに、涙は全てを洗い流してくれる。